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京都地方裁判所 昭和43年(ワ)1633号 判決 1971年8月23日

原告

上田順一こと

徐潤煥

外三名

代理人

坪野米男

金川琢郎

被告

服部楢蔵

外一名

主文

被告木村龍典は、原告徐潤煥に対し金五万円、原告石佐漢に対し金三万円を支払え。

原告らのそのほかの請求を棄却する。

訴訟費用中原告らと被告木村龍典との間に生じた分は五分し、その四を原告らの、その一を同被告の各負担とし、原告らと被告服部楢蔵との間に生じた分は原告らの負担とする。

この裁判は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一、原告らの被告服部楢蔵に対する本件請求について

本件に顕われた全証拠を仔細に検討しても、同被告が原告ら主張の不法行為をしたことが認められる証拠はどこにもない。

従つて、原告らの同被告に対する本件請求は採用に由ない。

二、原告らの被告木村龍典に対する本件請求について

(一)  原告ら主張の本件請求の原因事実中、一、の事実、おび、同被告の使用人である訴外松岡昭が原告徐潤煥の住所附近の家を訪問して同原告のことを調査したことは、当事者間に争いがない。

(二)  みぎ争のない事実や、<証拠>を総合すると次のことが認められ、この認定に反する<証拠>は採用しない。

(1)  原告徐潤煥は、訴外株式会社興和タクシーの運転手として勤務しているものであるが、昭和四三年夏病気のため同会社を約五〇日も欠勤していた。

(2)  同会社は、同原告が病気欠勤中に他のところで稼働している事実の有無を、被告木村龍典に調査依頼した。同会社は、この依頼のとき、同原告の顔写真を手交した。

(3)  調査の依頼を受けた同被告は、この調査をみぎ松岡昭に命じた。

松岡昭は、昭和四三年八月七日ごろ、同原告方の住所に赴き、附近の訴外中村八千代、同金源雪子、同荒西かの方などを訪れたが、いずれの方でも、自分が興信所の調査員である旨身分を明かさず、前記顔写真を示して、同原告がどのような仕事をしているのか、家を何時ごろ出るのかなどの発問をしたので、みぎ中村らは、同原告が刑事事件を起し刑事が聞込みにきたものと思い込んだ。

(4)  このことがあつてから、みぎ中村ら近所の者は、同原告を警戒するようになり、原告石佐漢は、近所の者と買物に一緒に行くことがなくなつた。

このように、原告徐潤煥、同石佐漢は、近所の者から疑惑の目で見られたが、原告徐潤煥は、真実病気のため通院加療中のもので、訴外会社から、顔写真までつけて身辺調査を受ける理由はなにもなかつた。

(5)  この近所の者の誤解は、昭和四三年一〇月ごろ、京都地方法務局の実地調査によつて、ようやく解消した。しかし、それまで原告徐潤煥が刑事事件を起したのではないかという噂は、近所で消えなかつた。

(三) 興信所の調査員が依頼された事項を調査する際には、被調査者の社会的地位や名誉信用を毀損しないよう最大限の配慮をすることは勿論のこと、自分の身分を明かしたうえで第三者の協力を求め、それで協力が得られない場合には調査依頼事項に相当する他の適当な調査方法を見出して調査を進めなければならない注意義務があると解するのが相当である。

この視点に立つて本件を観ると、被告木村龍典の使用人である松岡昭は、自分が興信所の調査員である身分を明かさず、原告徐潤煥の顔写真を示して同原告の近所の者に、同原告の動静を聞き、近所の者に、同原告が刑事問題を起して刑事が聞込みにきていると誤解させたわけであるから、松岡昭は、上記義務に違背し、その調査を違法に行なつたとの非難を免れない。

(四)  前記認定の事実からすると、このため原告徐潤煥、同石佐漢は、一時社会的信用を失墜したわけであるから、同原告らは、松岡昭のみぎ不法行為により精神的苦痛を被つたとしなければならない。

従つて、松岡昭の使用者である被告木村龍典は、原告徐潤煥に金五万円、同石佐漢に金三万円をそれぞれ支払うことによつて、同原告らのこの精神的苦痛を慰藉するのが相当である。

(五)  原告徐直美、同徐美奈も、松岡昭のみぎ不法行為によつて精神的苦痛を受けたと主張しているが、当時二歳と一歳にすぎない(このことは原告石佐漢の本人尋問の結果によつて認める)同原告らが、どんな精神的苦痛を破つたかを肯認できる的確な証拠はない。もつとも、証人中村八千代の証言と原告石佐漢の本人尋問の結果中には、原告徐直美、同徐美奈は、前記噂が立つたころ、児童公園で近所の子供に泣かされていた旨の供述があるが、これだけでは、同原告らが精神的苦痛を受けたとするには足らない。

三、むすび

以上の次第で、被告木村龍典は、原告徐潤煥に対し、金五万円、同石佐漢に対し金三万円を支払わなければならないから、原告らの同被告に対する請求はこの範囲で正当として認容し、そのほかの同原告らの同被告に対する請求、原告徐直美、同徐美奈の同被告に対する請求、原告らの被告服部楢蔵に対する請求は、すべて失当として棄却することとし、民訴法八九条、九二条、一九六条に従い主文のとおり判決する。 (古崎慶長)

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